binran——瀬戸正人
ビンラン……中国語ではそう呼び、 ベトナム語ではカオ、 タイ語ではマック と言い、 日本ではビンロウと言う。
ヤシ科の植物で、 南太平洋から 東南アジア、 西はインドまで広く分布 している。 ウズラの卵ほどの大きさの 種子に刻みを入れて、 その中に石灰 を塗りキンマと呼ばれるコショウ科 の植物の葉でくるんで一緒に噛むの だ。 しばらくして唾液に混じって真っ 赤な汁が口の中に溜まると、 それを 吐き出す。鮮やかな血の色だ。チュー インガムのように噛みつづけると喉も とが熱くなって、 軽い興奮と高揚感 が得られる。 青臭くアクも強いから決 して旨いモノではないが、 タバコのよ うに習慣性があって、 続ければそれ なりに旨いモノらしい。
台湾では、 もともと先住民の嗜好 品だったが、 後に移住して来た漢民 族にも広がり、 いつしか台湾全土で 愛用されるようになった。 覚醒作用 があるため眠気覚ましにと、 深夜の 長距離トラックやタクシードライバーが 好んで噛んでいる。 一箱に10数個入っていて、 200円程度でタバコを買 うように買っていく。 これが台湾の農 作物生産の第4位というから驚きだ。 それを売るのに何故にこんな露出 した格好をしなければならないのか、 よくわからない。 運転手の目を引い て、立ち寄ってもらうためなのか?いや、裏で何やらいかがわしい事でも しているのか?
街道筋に立ち並ぶガラスボックス は、 夜が更けるにつれてその輝きを 増していた。 誘蛾灯そのものとなって 光っている。 その灯りに誘われて車が 群がって来ては、 一言二言、 声が漏 れてくる。
「ねえ、 今夜はどこまで行くの?」
女は、 小屋の壁に張りついた花を 一輪摘んで差し出すと、 昼顔なのか それとも夕顔なのか、 昼も夜もわから なくなった薄紫色の花が、 見ているそ こで萎れていった。
「高雄まで行って来るよ」と、 男は身 を乗り出し、 開け放したドアから手を 伸ばして女を引き寄せるのだった。 引かれるままに、 女はよろけて助手 席に倒れ込んだ。 ささやく声が、行き 交う車の騒音にかき消されながらも、 途切れ途切れに聞こえてくる。 車が、 暗がりで小刻みに揺れている。ガラ スボックスが放つ赤や青のネオンが、 長い手でも伸ばすようにその揺れる 車の窓から運転席の奥の漆黒をかき 混ぜていた。 露出した肌が暗がりに 浮かんでは消え、 消えては白く浮か ぶ。それはまるで光の粒のようでもあ り、痛いほどに男の顔に当たっては、 女の汗ばんだ頬を撫でた。
「くれぐれも気をつけて…」と言いな がら、 振り切ろうとする女を男は引き 止めて放そうとしない。 女は、 小屋の 煌々とした輝きを背中に受けながら 振り向いた。 誰もいないガラスの部屋 は輝くばかりで、 その眩しさに女は目 を細めた。 色とりどりのネオンの光に まみれた花は、 いつ眠るのか、咲き きったまま夜露に濡れていた。
2007年12月22 d/SIGN no.15特集 写真都市
