25. 01.311️⃣ 文春オンライン
KinKi Kidsが「DOMOTO」に改名 単独会見で堂本光一は報道陣の前に硬い表情で…
今夏ごろを目途にユニット名を「DOMOTO」に改名するという「KinKi Kids」の堂本光⼀さんと堂本剛さん。
昨年の大晦日に京セラドーム大阪でドームツアー「KinKi Kids Concert 2024-2025 DOMOTO」を行った2人は、そのセット上で配信し、新年を迎えたタイミングで改名を発表しました。
「純粋な気持ちで安心して応援していただける環境」
剛さんは「僕たちは偶然にも『堂本』という同じ名字で出会った。言葉とか文字以上のこのことを大切に」、「基本的にこの2人は変わらない。そのままと思っていただければ」と話し、光一さんは「我々を純粋な気持ちで安心して応援していただける環境を届けられるように」とファンに向けて説明したそうです。
ジャニー喜多川氏が命名し、30年以上も活動していたKinKi Kidsという名に別れを告げる決断をしたのは、2023年に状況が一変したことが大きかったのではないでしょうか。
KinKi Kidsの2人は、事務所の絶対的トップだったジャニー氏に対する愛情や尊敬の言葉を隠すことなく、堂々と公言していました。そうした印象は生前だけでなく、むしろ2019年7月のジャニー氏死去後のほうが強かったように思います。
しかし、2023年9月7日、ジャニーズ事務所(当時)が会見を開き、性加害があった事実を認めました。翌月には光一さんが単独会見を開くことになったのです。
会見で吐露した「自分の知っている“彼”と違う部分」
堂本光一さんがジャニー氏による性加害問題を受けて、率直な心境を語ったのは2023年10月8日。主演ミュージカルの開幕記念会見の前に、この問題への考えを語る場として急遽、単独会見がセッティングされたのです。
報道陣の前に姿を現した光一さんの表情は、当然ながら、硬い。けれど過度に緊張しているという様子ではなく、記者からの質問に冷静かつ真摯に答えていったという印象でした。
例えば、かつてはジャニー氏の教えが自身の活動の根底にあると語っていたことについて問われると、次のように言葉を紡ぎます。
「自分の知っている“彼”と違ったりする部分も、自分のなかではあったりはするんですよね。ですけど、それが自分のなかでも認めなきゃいけないんだろうと思いますし。何よりも本当に、被害に遭われた方が救われなきゃいけないと思っております」
この「自分の知っている“彼”と違ったりする部分」や「認めなきゃいけない」という表現からは、恩師に“裏の顔”があったことがこれだけ大きく報じられ、その現実のすべてをまだ受け止めきれていないという心情が読み取れるでしょう。
過去は否定せず、決別宣言
ですが光一さんはこの日、まだ混乱のさなかにいながらも、ジャニー氏との決別宣言をするのです。
「(舞台や音楽といった作品について)いままでは“彼”に迷惑をかけてはいけない、恥ずかしい作品を作っては“彼”の名誉のためにいけない、という想いでやってきたんですけど、もうそういった想いというのは捨てて。そういった想いで心に刻んでやってきたんですが、その刻まれたものをね、本当に✕(バツ)をつけて、十字架にして、今後は自分として表現していかなきゃいけないと、強く思っております」
この発言のなかで、筆者が注目したポイントは2つ。
まず1つめは、これまではジャニー氏の名誉を傷つけない作品作りをしてきた過去を“なかったこと”にしなかった点。世間から非難される故人に対して、手のひら返しで否定するということはせずに、尊敬していた事実を改めて認めています。
2つめは、そのうえで、信じて心に刻んできたことが過ちだったと認め、捨てると宣言していた点。特に「✕(バツ)をつけて」と語っているときに、右手でバッテンを描くジェスチャーを交えて強調しており、光一さんの決意の強さが滲み出ているように感じました。
光一に対して、相方の剛は?
光一さんは単独会見から1週間と少し経ったときに出演した冠ラジオ番組にて、会見中に一貫して「ジャニー喜多川」「ジャニーさん」という言葉は口にせず、「彼」もしくは「あの人」と呼んでいたことについて言及していました。
「僕があえて“彼”という言い方をしているのはなぜかというと、やはり被害者の方にとってその名称自体がフラッシュバックしたりするというお話もあったりするので」と語り、被害を受けた人たちの心情を最優先にした配慮だったという真意を明かしていたのです。
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単独会見でジャニー氏と決別宣言をした光一さんに対して、相方の剛さんは? 後編 では堂本剛さんの対応や発言について振り返っていきます。http://t.cn/A63Hlk9L
