映画「TOKYOタクシー」~今、皆が求めている夢のような物語
【あらすじ】
毎日休みなく働いている個人タクシー運転手の宇佐美浩二(木村拓哉)。
娘の音大付属高校への入学金や車検代、家の更新料など次々とのしかかる現実に、頭を悩ませていた。
そんなある日、浩二のもとに85歳のマダム・高野すみれ(倍賞千恵子)を東京・柴又から神奈川・葉山にある高齢者施設まで送るという依頼が舞い込む。
最初は互いに不愛想だった二人だが、次第に心を許し始めたすみれは『東京の見納めに、いくつか寄ってみたいところがあるの』と浩二に寄り道を依頼する。
東京のさまざまな場所を巡りながら、すみれは自らの壮絶な過去を語り始める。
たった1日の旅が、やがて二人の心を、そして人生を大きく動かしていくことになる。
一本の電話が運命の一日をもたらした
宇佐美浩二は個人タクシーの運転手。自分でスケジュールを決められ、嫌な上司もいない、苦手なお客さんとは話さなくてもいいこの仕事を結構気に入っている。
彼が夜勤明けに寝ていると、一本の電話がかかってくる。
ぎっくり腰になった同僚から、予約のお客様の送迎を頼まれるのだ。
待ち合わせは13時に柴又の帝釈天前。夜勤明けなので寝不足だ。
しかし浩二は現場へ向かう。
愛する娘が音大付属に推薦入学できるかもしれない。そのためにお金が必要だからだ。
待っていたのは高野すみれ(倍賞千恵子)。
大きなトランクケースを2つも持っている。
後部座席に乗ったすみれに行先を訪ねる浩二。
「あなた、行先を知らないの!?」と怒るすみれに、ぶっきらぼうに謝る浩二。
行先が葉山だと知って驚く浩二だが、長い乗車時間はやがて二人の距離を縮めていく。
自分の生い立ちを話すすみれ。
溌剌とした声で懐かしそうに、そして時に涙しながら半生を語り出すのだった。
戦後を生き抜いてきたすみれの恋、そして失ったもの
「言問橋へ行ってちょうだい」
我儘とも受け取れるすみれの要求に素直に従う浩二。
すみれはとても話し上手。
感情を込めて話すので次第に浩二も「その後はどうなったんですか」とミラー越しにすみれを伺うようになる。
回想シーンで、すみれの若い頃を演じるのは蒼井優。
レトロな衣装が良く似合う。
蒼井は、恋に夢中な若き日のすみれをとても初々しく演じている。
しかし幸せな日々は長く続かない。
恋と引き換えに失いかけたもの。耐えていた苦しみ。
大切なものを守るために抗った行為は、すみれを苦境に立たせた。
笑ったり泣いたり、感情をあらわにするすみれはとてもチャーミングだ。
段々と浩二も心を開くようになる。
途中、上野で休憩してくつろぐ二人はまるで母と息子のようにも映る。
ベンチから立ち上がる際、さりげなく腕を出す浩二、それにつかまるすみれ。
すみれの半生に、浩二が寄り添った瞬間のように思えた。
「すみれさん、って呼んでちょうだい」
夕暮れが迫ってくる。ベイブリッジを通りながら浩二は言う。
「飯でも一緒にどうですか」
少女のように喜ぶすみれ。
すこし前から、すみれの希望で互いを「すみれさん」「浩二さん」と呼ぶようになっていた。
「若い人がお肉を食べる姿っていいわね」とお酒を飲みながら浩二を見つめるすみれ。
「お酒、飲みたいでしょう?」とからかうすみれ。
運転があるので水しか飲めない浩二は苦笑い。
2人の距離は急速に深まって行った。
車窓の美しい景色をみつめながら歌うすみれ、流れる音楽が観ている者の心を優しく溶かしていく。
おとぎ話のような展開は、非現実的だと思うかもしれない。
しかし映画だから成り立つ世界があるのだと、思わせてくれる。
映画だから、この夢のような物語が観るものに「寄り添う」ことの意味を教えてくれるのだ。
終盤になるにつれ、浩二がすみれを、「お客様」だからではなく、人として優しくリードしているように感じた。
その心の変遷を木村が丁寧に演じていた。
腹の立つことばかりの世の中だから
作中では、すみれの台詞ひとつひとつが心に染みる。
浩二は聞き役なので台詞はすくないのだが、印象的な言葉がある。
出会ったばかりの午後、後部座席から身を乗り出したすみれが、
「あなた、もっと笑いなさいよ」と言うと浩二は言うのだ。
「笑えることなんてないですよ。腹の立つことばかりの世の中なんですから」と。
これは、今の世相を反映していると思う。
だからこそ、この作品が今、観られるべきなのだと感じた。
物語は、おとぎ話の王道を行く。
一期一会、そんな言葉を思い浮かべるラスト。
筆者の隣の青年は号泣していた。
この日のプレス試写は外国人プレスの方が多かったこともあるだろう。
エンドロールが流れると大きな拍手が会場を包んだ。
スタンディングオベーションをしていた人もいる。
試写の帰りの電車は混んでいた。少しでも体が触れるとにらんだり、おしゃべりをする人に舌打ちをする人もいた。
(すみれさんがこの電車に乗っていたら、どう思うだろう、なんて言うだろう)
「もっと笑いなさいよ」
筆者の中で、すみれさんの笑顔がよみがえった。
倍賞千恵子さんの演技が本当に素晴らしかった。
この日本を代表する俳優に負けない存在感を務められるのは木村拓哉さんしかいなかっただろう。
国際映画祭にふさわしい、これが日本の俳優の実力だと見せつけることができたと思う。
11月21日公開です。ぜひ劇場へ足を運んで観てください。
作品の余韻が、帰り道であなたに何かを問いかけてくることでしょう。
